HISTORY

歴史・沿革

KIMICA HISTORY

1939〜

現社長の笠原文善の父であり創業者
である笠原文雄が太平洋戦争の最中、
君津化学研究所を創立

1944〜

第二次世界大戦時は日本軍の工場として
国に貢献(皇国3141工場)

1942年
君津化学研究所を君津化学工業所に改称
1946年
君津化学工業所を株式会社に改組し、笠原産業株式会社とする
1947年
君津化学工業株式会社に改称

1956〜

笠原家長男で現社長の笠原文善の誕生
笠原文雄とアルギン酸が評価される

1956年
現社長笠原文善誕生
1958年
中小企業庁より優良中小企業として表彰を受ける
1961年
創業者・笠原文雄 アルギン酸の研究により東京大学から工学博士の学位を授与され、同時期に東工大・一橋大学初の理系博士の学位も授与する。

1968〜

世界の企業と技術提供の契約を開始
アルギン酸プラントの新工場も建設

1968年
アルゼンチンのロレンソ・ソリアノ社との間に技術提供契約成立
1969年
韓国農漁村開発公社/韓国海藻加工㈱との間に技術提供契約成立
1972年
アルギン酸プラント新工場建設

1984〜

数々の賞を受賞するも、
アルギン酸の生みの親である笠原文雄が他界

1973年
工学博士・笠原文雄 海藻の総合利用技術の研究により紫綬褒章を受章
1983年
工学博士・笠原文雄 勲四等旭日小綬章を綬章
1984年
創業者の笠原文雄永眠

1985〜

数々の困難、時代の影響により業績は低迷、
キミカ倒産の危機

・創業者の不在
・原料の不足
・残渣処理の問題
・中国産による価格競争

1987〜

キミカ、チリへの進出
起死回生の挑戦と世界との戦いが始まる

1987年
チリにIndustrias Quimicas Kimitsu Chile Ltda.を設立
1988年
チリにアルギン酸プラントを建設 操業開始、株式会社大阪アルギン設立
1993年
千葉プラントPGAライン新設
1994年
千葉プラントケルピーライン新設

2001〜

株式会社キミカに社名変更。
当時アルギン酸シェア世界NO.1のKelco社からの
全面委託を受け、新生キミカ”始動”

1999年
チリプラントPGAライン新設、操業開始
2001年
創業60周年を機に君津化学工業株式会社から株式会社キミカに社名変更。北米現地法人 KIMICA America Inc.設立
2002年
千葉プラントアルギンライン第一工場新設
2003年
大阪営業所(大阪アルギン本社)を大阪市中央区高麗橋から淀川区西中島へ移転
2004年
資本金1億円へ増資

2009〜

「してあげること」に徹した、新生キミカ
全面委託の挑戦で能力を身に付け
アルギン酸シェア世界NO.1の企業へ

2009年
千葉プラント新管理棟竣工
2013年
日刊工業新聞社より「ベスト・イン・ザ・ワールド」出版されるAmazon製造書籍部門1位を獲得
2014年
千葉プラントに原薬製造第1工場新設
2016年
第14回「勇気ある経営大賞」(東京商工会議所主催)において大賞受賞、「青島明月海洋科技有限公司」を子会社化、青島明月海藻集団と共同経営する合弁契約を締結
2018年
キミカヨーロッパ(KIMICA Europe GmbH)設立